軍陣医学に関する病理標本について

(1)「野戦ニ於ケル軍陣病理作業ニ就テ」 『軍医団雑誌』第三○三号 昭和十三年八月

陸軍軍医中佐 平井正民(陸軍軍医学校病理学教室)

・前方作業ニ就テ

「病理学的ニ戦場ニ於テ皇軍兵器ガ如何ニ作用セシカヲ医学的ニ観察セントセリ … 即チ先ズ敵屍ニ就キテ調査ヲ必要トス」

・勤務ノ方法ニ就テ

「今次事変ニ於テハ特別ナル調査班ヲ現地ニ於テ編成シ某部隊ニ隷シ主トシテ衛生隊ト行動ヲ共ニセリ」

・後方作業ニ就テ

「余の今次事変ニ於ケル後方作業ノ方法ハ病院ト連絡ノ下ニ出張剖検セリ」

・後方作業ノ成績ニ就テ

「今回行ヘル剖検数ハ其ノ数六十余」

(2)第三十一回日本病理学会総会  一九四一(昭和十六)年四月

特別講演「軍陣病理学について」

日支事変に関連して行はれたる病理解剖学的作業(蒐集標本の供覧を主として)

           『日本病理学会会誌』第三十一巻七六五〜 昭和十六年十月発行

陸軍軍医中佐 平井正民(陸軍軍医学校病理学教室)

1)解剖数は約二千体、二百体を軍医学校に送付(昭和十二年七月〜十五年七月)

2)兵器の改善に資すべき材料の獲得 − 戦場即死例の剖検の必要性

3)健康体質の調査 − 支那兵の剖検材料を蒐集 39例(肝硬変多しの所見)

4)報告例

 表1 支那軍戦列兵剖検例の肝所見  検索数39例

 表2 急性マラリア死15例に関する観察 

 表3 慢性マラリア剖検5例に関する観察

 表4 カラ・アザール剖検例 10例

 表5 所謂栄養失調症剖検例 14例

 表6 脳射創内後段帰趨例 30例

 表7 脊髄損傷に見られたる腎結石症 26例

 表8 肺射創後段帰趨例 12例

 表9 心臓射創3例晩期帰趨例の観察

 表10  戦傷性脈瘤の剖検例 6例

 表11  肝射創3例に於ける観察

 表12  膀胱射創後段帰趨例剖検8例に関する観察

(3)軍陣病理  『大東亜戦争陸軍衛生史 〈巻6〉』

一九六七(昭和四十二)年五月三十日記

国立東京第一病院 大橋成一病理部長 

1)平井正民教官は剖検材料などの運搬法を開発 − ドラム缶、石油缶利用法等

2)軍医学校の軍陣病理学教室には多数の病的材料が内外から送付

 − 支那、満洲を始め東南アジア各地より各種の戦病、戦傷、風土病、伝染病、凍傷、腫瘍等の材料が病理診断を確定するために送付されてきた

3)兵器の作用効果を医学的に把握する研究には敵屍の病理学的検索が大きく寄与

   − 敵屍の体位、戦傷を研究すると我が方の兵器の作用効果の検査も可能

4)病理業務の前方作業として多数例を蒐集研究

5)後方作業として兵站病院では必ず剖検材料は軍医学校に送ることとした

6)平井教官が北支で行った剖検数は六十余体

7)剖検室は臨時東京第一陸軍病院の剖検室が用いられた − 臓器室も三室あり 

8)陸軍軍医学校病理学教室の地下に肉眼標本作製室があった

9)陸軍軍医学校記念館講堂の前に標本の展示室をつくった − 肉眼標本は約三百個

 10)標本は戦災で大部分消失

 11)大橋が保管し破壊をまぬかれた戦傷に関する標本は約二十数点

 12)国立東京第一病院病理部で保存していたが昭和三十三年夏に自衛隊衛生学校に寄付

(4)陸上自衛隊衛生学校「彰古館のあゆみ」

     『衛生学校三十年の歩み』 一九八二(昭和五十七)年十月十五日発行 

1)旧陸軍軍医学校の参考品(標本、図書)は災厄をまぬかれた一部が戦後、元陸軍軍医学校教官軍医少佐大橋成一(当時国立東京第一病院臨床検査部長)などの手により国立東京第一病院(現国立医療センター)倉庫に保管されていた

2)昭和三十一年一月、大橋氏から泉2佐が自衛隊衛生科隊員の教育・研究に役立ててほしいと依頼される

3)金原節三衛生学校長が要請を受諾、泉2佐が自衛隊に関係の深い四百五十点を受領し、衛生学校に移管を完了 昭和三十一年一月

4)金原衛生学校長は大東亜戦争衛生史編纂の資料収集を兼ねて厚生省医務局長を通じて国立病院、療養所長に資料の寄贈を依頼 昭和三十一年七月三十日

5)昭和三十一年一月二十七日、国立東京第一病院から移管を受けた四百五十点を保管する参考展示室を本館に設置

6)軍陣医学に関する病理の標本類

ア 病理に関する標本

 頭蓋骨損傷のもの 14個 (平井標本 27例中?)

○ 無名骨損傷のもの 1個

 背柱損傷(破裂)のもの 1個

○ 四肢骨損傷のもの 17個

○ 脳損傷のもの 2個     (平井標本 27例中?)

○ 心臓損傷(銃創)のもの 2個 (平井標本 3例中?)

 肺臓損傷(銃創)のもの 5個  (平井標本 12例中?)

○ 肋膜損傷(銃創)のもの 1個

 肝臓損傷(銃創)のもの 1個  (平井標本 3例中?)

○ 膝関節部損傷(銃創)のもの 1個 (森尚文 1例 ?)

 皮膚損傷(銃創)のもの 9個

○ ガス壊疽により切断した下肢 1個

○ その他     6個


          

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