第007回国会 外務委員会 第6号
昭和二十五年三月一日(水曜日)
    午前十時二十七分開議
 出席委員
   委員長 岡崎 勝男君
   理事 菊池 義郎君 理事 近藤 鶴代君
   理事 佐々木盛雄君 理事 竹尾  弌君
   理事 仲内 憲治君 理事 福田 昌子君
   理事 並木 芳雄君 理事 聽濤 克巳君
      伊藤 郷一君    大村 清一君
      栗山長次郎君    塩田賀四郎君
      中山 マサ君    橋本 龍伍君
      益谷 秀次君    増田甲子七君
      小川 半次君    浦口 鉄男君
 出席国務大臣
        法 務 総 裁 殖田 俊吉君
       国 務 大 臣 山口喜久一郎君
 出席政府委員
        賠償庁次長   石黒 四郎君
        外務政務次官  川村 松助君
        外務事務官
        (政務局長)  島津 久大君
        外務事務官
        (條約局長)  西村 熊雄君
        外務事務官
        (調査局長)  與謝野 秀君
        外務事務官
        (管理局長)  倭島 英二君
 委員外の出席者
        專  門  員 佐藤 敏人君
        專  門  員 村瀬 忠夫君

……

聽濤委員 私は細菌戰犯問題をお聞きしたい。主として法務総裝にお尋ねしますが、外務当局の方にも関連するものがあつて、その方は外務当局からお答え願いたいと思います。
 大体細菌戰犯問題というのは、この間のソ同盟におけるハバロフスク軍事法廷の裁判によつて明るみに出て参りました。その内容はきわめて重大な問題を含んでおります。大体その発表されました起訴状によると、国際法で禁止されておる細菌戰術というものを日本の軍部が、特に関東軍が大々的に研究して、多種多様の大量の細菌を培養して、しかもその中で中国人、ソ同盟人、その中にはアメリカ軍の捕虜も入つているということであります。それが生体実験といいますか、生きたままの人間を実験に供して数千人の者が死亡しておる。しかもその細菌兵器の一部が中国で実際に使用されておるということが言われておる。しかも越えて二月一日にはあらためてこの裁判に漏れておるところの天皇を初め、当時の関東軍の軍医中将石井四郎、北野マサゾウ軍医中将あるいは若松獸医少将等を国際軍事法廷を開いて裁判すべきであるということを、アメリカ、イギリス、中華人民共和国に覚書を発送してこれを提案しておる。事柄の内容は非常に重要であります。これについて、政府はこの問題の経緯及び内容について、いかなる情報を持つておるか、お聞きしたいと思う。
殖田国務大臣 今の聽濤さんのお尋ねの細菌戰術の話でありますが、その経緯とか内容とかについては、私は詳しく存じません。私の存じておりまして申し上げたいことは、法律的の問題でございますが、日本人である戰争犯罪人に対する裁判は、ポツダム宣言受諾に伴い、連合国によつて行われることになつておるのであります。でありますから、最近伝えられております細菌戰術に関する日本人戰争犯罪人の問題につきましては、政府としてはこれに関與すべきものではない、こう考えております。
聽濤委員 私が聞いておりますのは、こういう重大な問題が、日本に実際に提起されておるということが。ほんとうは政治的に重要な問題なんだ。なぜかといえば、連合国がやるものであるけれども、しかしながらポツダム宣言の受諾の第一の義務というものは、明らかに軍事力の引渡しであり、また日本戰犯の処罰、これに日本側がほんとうに誠心誠意協力するということが、一番重要な義務であろうと思うのです。そういう点で、これほど重要な事実が提起されておるに対して、日本政府がただ知らぬ、存ぜぬなどで済まされるはずはない。私はお聞きしたいのですが、戰争中にも事実この細菌戰術の問題は巷間にも相当うわさが伝わつております。われわれでも聞いておることがある。しかもその後この問題が出まして、昔満州にいた、あるいは中国にいた兵隊その他の中に、実際に生きた証人は相当いるはずでございます。一体政府の方は戰争中にこういう事実があつたということも知らぬとおつしやられるのかどうか承りたい。
殖田国務大臣 政府はそういう事実を聞いてはおりますけれども、これを調査する権能も持たず、またこれを調査する必要もないのであります。ことに天皇を戰犯として処分すべしというがごとき問題は、日本政府としては絶対に反対であります。かような提言をすることは、ある外国のやり口と軌を同じくするものでありまして、かような行動は日本国の利益でないと考えておるのであります。また日本人としてかような提言をすることは、日本国民の意思を代表するものとも私は考えないのであります。かような質問をされること自体がはなはだおもしろからざるやり方でありまして、私はある外国が裏で糸を引いておつて、そして日本に対して反感を與えるためにやられておるのではないかと考えておるのであります。
聽濤委員 大分変な、筋違いな方角から私に攻撃を加えて来ておるようですが、私の聞きたいことは、話を聞いておるというならば、その事実を明らかにしてもらいたい、いかがですか。
島津政府委員 細菌戰術に関しまして、どういうことが行われたたか、情報はないかという御質問でございましたが、外務省ではシベリアにおいて細菌戰術に関する裁判が行われておるということは承知しておりますが、事実に関する情報は何も持つておりません。
聽濤委員 法務総裁に聞きますが、私が戰争中にこういう事実があつたことを知らぬかと聞きましたところが、そういうことは聞いておるということをはつきり言われたのです。その内容をここでお聞きしてもなかなか言うまいが、それではその知つておるということは、細菌戰術のこういう研究が行われ、何かやられたということ、とにもかくにもそういう事実があつたということを、あなたはお認めになつているのですね。
殖田国務大臣 そうではありません。そういううわさを聞いておるということでありまして、その事実の存在を確認しているわけではございません。
聽濤委員 そういたしますと、うわさをあなたはすでに聞いておる。しかもソ同盟においてハバロフスク裁判が行われ、国際的に覚書までも発送されて、問題が非常に重大な内容を持つておることが明らかにされた今日、政府はそういうことを耳にしておきながら事実の調査をやつていないのですか。
殖田国務大臣 一々うわさについて調査はいたしておりません。
聽濤委員 これはかつてはかりにうわさであつた程度のものであつたとしても、国際的にこういう重大な問題が起つて、国際的な紛争まで起ろうとしている中で、一体日本はポツダム宣言によつて戰犯の処罰については、実際にわれわれが協力する必要がある。これを隠匿したり、事実を隠蔽したり、こういうことをもしやるならば、重大な国際的な責任の問題になるのです。われわれはこうい状態の中で、ポツダム宣言を受諾した第一の態度から申しましても、日本政府はこれを明らかにしなければならぬと思う。ところでお聞きしますが、このソ同盟からのこういう発表があつてから、天皇に次いでの最大の戰犯として向うが指定しておるところの元軍医中将石井四郎、この男は新宿区牛込若松町七七という所で若松荘という旅館を経営しておるそうでありますが、最近行方不明になつているという事実があるのです。これはお調べになりましたか。
殖田国務大臣 調べてはおりません。
聽濤委員 そういうことについて政府は調査する必要がないという意味でございますか。
殖田国務大臣 特に戰犯の問題について、調査をする必要はないと考えております。要求があればいたします。
聽濤委員 そういたしますと、問題をはつきりさせていただきたいと思うのです。私の聞きたいことは、連合国側の態度その他のいろいろな問題は別といたしまして、日本はあの大戰争におきまして、ドイツ、イタリアと並んで、侵略国として連合国からの痛烈な攻撃を受けて、われわれ無條件降伏をしたわけです。この無條件降伏の意味は、われわれが日本の軍部が犯した、日本の帝国主義者がやつた大きな侵略的戰争の犯罪というものをわれわれが認めたことにほかならない。この立場に立たない限り、今後の講和の問題も、われわれがほんとうに日本を平和的に再建するという問題も、絶対に解決できない問題である。世界の不信を依然としてわれわれは招いて行く。こういう大きな建前に立つてこそ、今後ほんとうに国際的な問題にわれわれは対処して行くことができるわけです。ところがこの問題について、私はあえてあなたにお聞きしたいのですが、一体政府の態度は、ソ同盟がやつたハバロフスク裁判、あの中で暴露された事実を否定なさろうとするのか、あるいは事実はあつたのだけれども、われわれはそんなものについては何の責任も感ずる必要がない、こういうふうにお考えになつておるのか、その点をはつきりお聞きしたいと思います。
殖田国務大臣 さような事実があつたといたしましても、ただいま申し上げました通り、それは連合国で処置されるのでありまして、日本国みずからが自分の戰争犯罪について判断することも処置することもできないのであります。
聽濤委員 あなたはそういうことをすべて連合国まかせであると言つておるのですが、しかし連合国の重要な一国であるソ同盟でこういう軍事裁判が行われ、ここに明らかな事実が発表されておる。なるほどアメリカから日本に対してこの問題についてはまだ要求はして来ておりません。しかしながら連合国の一国がすでにそれを発表しておる。しかも中国においてもソ同盟の裁判を全面的に支持するという態度がすでに明らかにされておる。こういう重要な動きがある中で、日本がここでどういう態度をとるかということが、今私が申し上げました日本のポツダム宣言受諾に関する根本的な問題に関連して来るわけです。もしわれわれがすでにソ同盟で指摘しておるような事実があつたということを承知しておりながら、これをひた隠しに隠す。たとえば今申し上げました石井四郎中将が行方不明になつておることについても、これは疑えば実に疑われる節がたくさんある。口の悪い者から言わせますならば、だれかがかくまつてしまつたのではないかと思われる節さえある。しかもソ同盟が指摘しておるもう一人の戰犯笠原幸雄という中将は、藤沢市の辻堂町で化粧品店を営んでちやんと存在しておる。われわれはこういう事実をほんとうに調査して明らかにしておく必要がある。こうやつてこそ連合諸国に対していたずらな紛争を起させない、しかも日本がポツダム宣言受諾に伴う第一の義務である戰犯の処罰に協力して行くことになる。事実日本の中で、すでに部落会長のような末端の人人まで追放の処分を受けて責任を負わされておる今日、しかも人道上許すことのできない細菌戰術のような重大な問題について、もし政府がこういうあいまいな態度をとるとすれば、明らかにこの重大な戰犯を隠蔽して、そうして世界の目をごまかし、しかも日本の昔の帝国主義者どもの犯罪をできるだけ隠蔽して、この力をむしろ温存しようというたくらみにしかすぎないとわれわれは断定せざるを得ない。そういう責任を日本政府は負わなければならぬと思います。これは実に政治的な問題でありますから、あなたの法理解釈論だけではなくして、道徳的、政治的責任の立場から、はつきりと日本政府の態度を表明してもらいたいと思う。
殖田国務大臣 何も事実を隠蔽するとか、しないとかいう問題はないのでありまして、ただいまお話のごとく、戰犯の問題は連合国で処置されるのでありまして、たとい連合国の内部のソ連あるいは中国等がどういう提言をされたかは存じません。それは世上しきりに伝えられておりますけれども、それらを一々取上げて、降伏しておる日本がそれにとやかく介入する権限もなければ義務もないのでありまして、それは連合国の命令あり、要求があつて、初めてわれわれは行動いたすべきである。連合国の要求もないのに、先走つていろいろ協力のような形を示す何の必要もない。むだなことであるのみならず、それは日本としてとるべからざる態度であります。日本といたしましては、連合国の正当の命令、要求に従つて、忠実にこれを実行すればよろしいのであります。たとえば今お話のごとく、石井何がし、いや何がしがどこに隠れておるか、どこに行つたか、それは一般の日本国民に対します警察なり政府なりの処置はありましようけれども、連合国から何にも指示がないのに、これを戰犯として考え、これを犯罪人として追究するというようなことは、なし得ざるところであり、またすべからざることであります。
聽濤委員 どうもあなたは同じことを繰返して言われるのですが、大体そういう態度こそ、日本政府が終戰後とつて来た一貫した態度であると思われる。軍需物資なんかにつきましても、これは当然ポツダム宣言受諾に伴つて、はつきりとその所在を明らかにして連合国側に引渡すべきであるにかかわらず、これを隠匿したり、あるいはまた連合側から要求があつた戰犯の追放の問題にしても、実際に履歴を偽つたり、そうして追放を免れようとしたり、こういうことは一貫した傾向としてはつきり現われておる。日本の犯した過去の重大な犯罪に対して、われわれが無條件降伏をしてこれを承認しておる立場から、一体何をなすことが日本の政府の正しい行動であるか。これはなるほど日本政府自身で国際的な戰犯としてさばくことができないかもしれぬ。しかしながらこの事実を明らかにして、そうしてこういう事実については、日本政府は世界の連合国諸国に対して申訳がないということを、われわれは世界に訴えるだけの義務があると思う。あなたはそういうことを全然やる必要はないと言われるのですか。
殖田国務大臣 それは連合国がお考えくださることでありまして、連合国の決定に従いまして命令なり指示なりあれば、それを忠実に実行いたしております。決してそれに反抗したり隠蔽したりいたしておりません。たとえばただいまお話の追放の処置のごとき、連合国のその指示に従いまして、連合国の命令する通りに忠実に実行いたしております。忠実に実行せざる者が国民の中にありますれば、それを犯罪として処罰すらしておるのであります。連合国の考え方にそむいておるというようなことは毛頭ございません。それは忠実に実行しております。それが私は降伏しておる日本のほんとうの立場であると思います。しかしながら、まだ連合国御自身において決定せざる、單なる一部の国の提言と申しますか、あるいは報道というようなものを、ただちに連合国の命令そのもの、指示そのものと誤解をして、そして日本政府が行動するということは間違いであります。差出がましいことでありますから、私は控えなければならぬことと思うのであります。
聽濤委員 大体あなたの態度もわかりましたから、これ以上押し問答してもしかたがありませんが、特に事柄が中ソ両国に関係して来ると、政府はますますそういう態度をとつております。最近における傾向とあわせ考えると、結局中ソ両国に対する責任を感じないのみか、逆に中ソ両国に対して排外視的な傾向を助長させる傾向にさえあります。しかしこの点はさておきまして、最後に、藤沢市に居住している笠原幸雄中将、この本人は起訴状によつて各国に送つた覚書の中にはつきり指摘されておる人物でありますから、この外務委員会に証人として喚問して、この事実について調査をすべきであると思います。委員長はこの点いかにお考えになりますか。
岡崎委員長 私は今法務総裁の言われたように、單なる報道に基いてさようなことをいたしますと、もし全然かようなことがないという結論が出ました場合には、この報道を日本が反駁することになりますし、また反対の場合には連合国の決定のないときに、先走つて日本が行動をとることになりますので、かかる問題を取上げることは、この委員会としては、不適当だと考えております。
聽濤委員 私はこれ以上もう聞きませんが、この問題は非常に重要でありまして、法務総裁だけの意見ではとても満足できませんので、次の機会に吉田総理の出席を求めて、ほんとうに政府の意見をはつきり伺いたいと思いますから、この点を留保しておきます。

……


     

inserted by FC2 system