The association demanding investigationon human bones discovered from the site of the Army Medical College
講演録:富樫 雅彦 さん(武蔵大学講師)
鳥居 靖(軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会・事務局長)
2015年から安全保障技術研究推進制度が始まり、防衛省が資金提供する研究に民間研究者を公募するようになった。防衛装備の集中・一元化を図るために防衛装備庁が発足したのは2015年。同年、装備品の研究開発に大学や研究機関の研究者の知恵と力を導入しようと創設した。大学をはじめ、理研やJAXAなどの研究機関や富士通、三菱重工などの民間企業が応募している。
日本学術会議では、「軍事目的の研究はしない」と宣言しているが、その方針が大きく揺らいでいる。私たち、戦時中の医学者たちが戦争に加担した歴史を見つめてきた人骨問題を究明する会でも、この問題に無関心ではいられない。
聖教新聞:科学の役割デュアル・ユースの時代に ”人類のため”は時代遅れか
《2016年9月15日(木)》
鳥居 靖(軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会・事務局長)
参加者22名。白山通りから旧後楽園球場跡(ドームホテル)に残された工場の煉瓦基礎、野球博物館(日本に野球を紹介した功績で殿堂入りした正岡子規)、73名の野球関係の戦死者の名前が刻まれた石碑、小石川射撃トンネル跡、諸工伝習所記念碑、東京都戦没者霊苑、更に富坂を西に上り、工廠の西側境界をぐるりと回る。小石川後楽園には、工廠を象った石造りの記念碑などがある。後楽園の正門側に廻り、そこからJR中央線に向かって外堀通りの手前辺りが工廠正門跡。
12月4日(日)中野区産業振興センター大会議室
12月11日(日)13時出発
JR板橋駅東口改札口集合
案内:丸山 洋明
資料代:500円
日本陸軍の武器製造・研究・開発の中心地は水道橋の東京砲兵工廠であった。一方火薬・爆薬については、1876(明治9)年、旧加賀藩下屋敷跡に陸軍砲兵本廠板橋属廠として火薬製造所が操業を開始した。その後板橋から滝野川・十条・王子・赤羽地域にかけては火薬・火具などの製造・保管をはじめとする軍関係の施設が集中し、一大軍都と化していった。
東京砲兵工廠内にあった陸軍工科学校の分校が、1908(明治41)年に板橋に開設される。今回のフィールドワークを前回と重ね合わせると、明治維新後に拡大膨張した軍事大国日本の姿が思い描かれる。
究明する会では、3年後の30周年を記念して、発見された「戸山人骨」のデジタルデータをはじめ、今までの人骨問題に関する研究の蓄積をまとめた「人骨問題解説DVD」(仮題)を作製予定。実行委員募集。
2016.11.20
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