軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会

The association demanding investigationon human bones discovered from the site of the Army Medical College

「人体の不思議展」開催中止を求めて――運動の中間報告

宗川 吉汪(生命生物人間研究事務所)
日本科学者会議京都支部の『支部 ニュース』2012年1月号から抜粋・掲載

 「人体の不思議展」(人体展)の開催中止を求めている運動について中間報告という形で近況をお知らせします。まず始めに、これまでの運動の成果をまとめてみた。
  • a) 刑事告発、民事裁判を通じて人体展の違法性、非倫理性を世間に訴えた。
  • b) この間、人体展の開催を阻止することができた。
  • c) 刑事告発は不起訴になったが今後の人体展開催は困難になったと判断される。
  • d) 名古屋学院大学のプラストミック標本購入を阻止するという波及効果を生んだ。
  1.  この人体展は、死体を特殊加工して商業展示するものである。2010年12月4日から2011年1月23日まで岡崎公園内の「みやこめっせ」で開催された。金儲けのために遺体を展示することは死者を冒涜し人間の尊厳を損なう行為であり決して許されることではない。京都府保険医協会、京都医師会、京都民医連、JSA京都支部などが開催中止を求める声明を出した。同時に、運動の連絡体として「『人体の不思議展』を考える京都ネットワーク」を立ち上げた。法律問題は、京都法律事務所の小笠原伸児弁護士が担当した。
  2.  調査の結果、人体展は死体解剖保存法19条(死体を保存する場合は、遺族の承諾ならびに知事または政令指定都市の市長の許可を受けること)、ならびに民法90条の公序良俗(公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする)に違反する疑いのあることが判明した。
  3.  そこで人体展の実行委員会を死体解剖保存法19条違反で京都府警に刑事告発した。
    (受理 2011年2月1日付け)
  4.  同時に、民法90条違反で京都地方裁判所に訴えることにした。日本の裁判制度では民事で違法性を争う場合、損害賠償請求という方法を取らざるをえない。JSA京都支部事務局長の宗川がたまたま人体展会場の「みやこめっせ」の近隣に住むことを理由に、宗川が原告となり、人体展という違法行為によって平穏に生活する権利が損なわれた、それに対して人体展実行委員会は損害賠償しろ、という論理を構築して、実行委員会代表の北村勝美を訴えた(2011年2月2日、京都地裁第4民事部合議係)。
  5.  裁判では宗川が単独で原告になったが、近隣住民で他に原告になる人があれば複数で訴えることができたはずである。そこまで運動が広がらなかったのは残念であった。
  6.  刑事告発について。2011年12月21日、京都地検から不起訴の通知があった。それを受けて12月28日、小笠原弁護士、京都保険医協会担当者(2名)、宗川の4人が京都地検におもむき、担当の高橋麻子検事に面会し、処分通知についての説明を聞いた。その席で高橋検事は、法務省刑事局の見解では、標本は現時点で死体であり、展示も保存にあたる、しかしながら、実行委員会の責任者にはその認識があったとは認められないので「今回は」死体解剖保存法違反で罰金を取ることはできなかった、という説明をした。ただし、法務局の見解を被告発人に伝えたので「今後は」認識がなかったとは言えなくなるので、許可なく展示をした場合は違反について判断することになる、ということであった。
  7.  その結果、今後人体展を行う場合、死体解剖保存法に従って首長の許可を得なければならないことになり、開催のハードルはきわめて高くなった。
  8.  しかしながら、不起訴処分に不服があるとして検察審査会に申し立てをおこなうことにした。
  9.  民事裁判について。被告の人体展実行委員会代表北村勝美は京都地裁での裁判を不服として東京での裁判を求めて移送申立をしたが(2011年3月8日)、棄却された(3月24日)。そこで北村は棄却取り消しを求めて大阪高裁に抗告したが、棄却された(6月15日)。
  10.  以上の経過を経て、京都地裁は第1回口頭弁論日を9月21日に指定した。口頭弁論における原告(宗川)の陳述内容は「支部ニュース」10月号に掲載されているので参照ください。
  11.  その後、11月2日に京都地裁で第2回弁論が電話裁判で開かれた。裁判長と裁判官(左陪席)の出席のもと、原告側は、宗川、小笠原弁護士、司法修習生が出席した。被告代理人は東京の事務所で電話口に出た。この場で裁判長は被告が北村であるか否かの確認をした。被告代理人は後に文書で回答すると答弁し、後に文書で人体展の主催者が被告北村勝美であることを認めた。
  12.  続いて12月14日に第3回弁論が開かれた。小笠原弁護士は、展示物が「死体」であることが今回の裁判の最大の問題点で、そのことは厚労省、京都府警、京都地検が一致して認めていることであり、その上に立って、死体の商業展示は違法であることを裁判所として明らかにしてほしい、と意見陳述した。裁判は今回の弁論で結審し、2012年2月16日(木)午後1時10分に判決が出されることになった。
  13.  裁判の過程で被告の北村勝美が過去3度にわたって東京大学に多額の寄付をしていることが判明した。2006年10月に400万円、2007年1月に5000万円、同年8月に3000万円、計8400万円(東大事務局に確認済み)。この寄付金は、違法性の高い非倫理的興行で儲けた金の一部であり、学術研究の資金としてふさわしくない。今後問題にしていきたい。
  14.  民事裁判では公正な裁判を求める請願署名を行った。短時間に1000筆もの多くの署名をいただいた。署名をいただくことがどれほど原告を勇気づけるか、今回実感した。
  15.  近々厚労省交渉を行い、人体展を取り締まる新法制定を促したい。同時に、人体展の違法性、非倫理性を世間に訴え、二度と人体展を開かせない世論を形成したい。
  16.  人体展の中止を求める運動の過程で名古屋学院大学のプラストミック標本の購入を阻止する、という思いがけない波及効果があった。名古屋学院大学では今年度予算で解剖実習のために中国からプラストミック標本4体を購入することが決まっていた。標本の作製は受注生産で、1体1700万円、収納施設などの建設で総額1億円だったということである。ところが、教授会で人体展の非倫理性が問題になっているとの指摘がなされ、予算執行が見送られた。解剖学教室から再び来年度予算の要求があったとのことだが、拒否された模様。その際、献体の証明は中国政府がするとの説明があった由。(本来献体承諾書は本人が書くもの。)
  17.  最後に請願署名活動について一言。

     請願署名は判決に影響しないのではないか、という意見が出された。請願内容は、裁判所に対して公正な裁判を求める、というものであるが、裁判官は、もともと世間の動向に左右されずに公正な裁判を行うのが建前になっている。
     集めた署名は裁判担当事務に届けられる。担当事務は裁判官に署名があったことは伝えるが、署名を全く見ない裁判官もいるようだ。署名簿は当該裁判の関係書類と一緒に判決後5年間保存される。
     一般に請願署名は、国や地方公共団体に対し国民の希望を伝える方法で、憲法で保障された国民の権利である。請願は、住所と名前を書いた文書で提出し、自著が原則で、印鑑は不要(請願法第2条)。
     今回のような裁判所に出す請願署名は国などへの請願とは性格を異にする。裁判所はもともと裁判に影響を与えるような外部圧力(署名もその一つ)を排除するのを建前にしている。しかし現実には世論に影響されない裁判は存在しない。裁判所に対する「請願署名」は世論を喚起する運動であることから、今回、コピーやファックス、メールも受け付けて、多くの人に裁判に対する支持を訴えた。

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