軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会

The association demanding investigationon human bones discovered from the site of the Army Medical College

「人骨問題 人類学の立場から」楢崎 修一郎(生物考古学研究所・人類学者)

人骨発見21周年集会
「専門家にきく!軍医学校跡地の発掘調査でなにがわかるか」

 楢崎修一郎と申します。よろしくお願いいたします。私自身は人類学という学問を専攻しておりまして、これまでアフリカのクービ・フォラ遺跡(猿人)、インドネシアのサンギラン遺跡(原人)、シリアのドゥアラ洞窟(旧人)、アメリカのエリザベス・マウンド(新人)等で発掘調査を行ってきました。特にインドネシアでは10年間ぐらい毎年発掘調査をしてきました。ここ10年は主に群馬県出土の縄文時代人から近世人骨の鑑定をしています。

 これまでこの会でお話をされた人類学者は、佐倉 朔先生・馬場悠男先生・橋本正次先生がいらっしゃいます。これらの先生方は、私の師匠や先輩にあたられます。本日、なぜ私がここにいるのかという理由は、実は、1989年7月22日に新宿戸山で人骨が発見され、佐倉 朔先生が鑑定をされたわけですが、私自身、佐倉先生の助手として1991年8月の数日間、この戸山人骨の鑑定に当たった経験がございます。当時、新宿区百人町の葬儀社の地下に人骨が安置されており、そこで鑑定をしたことを思い出します。

 本日は、「一、人骨の特徴」・「二、発掘方法」・「三、戸山人骨」・「四、発掘調査に期待されること」の4つに分けてお話をします。

  1. 人骨の特徴
    1. 人骨の特徴

       人骨は、生まれたばかりの子供の頃は約350個あります。それが成長するにつれて癒合し、大人になると約200(206)個になります。例えば、大腿骨の場合、新生児で3個に分かれていた骨が15歳では5つに、成人になれば1個の大腿骨になるというように、成長すると癒合して骨の数が減って行きます。これは、最初から癒合していると頭や身長が伸びないということになります。赤ちゃんの頭の上は柔らかいのですが、大泉門といいまして、骨と骨がくっつかないで発達するようになっています。
       ちなみに、この約206個の中には歯の数は入ってません。歯には乳歯と永久歯とがありますが、乳歯で20本、永久歯が32本と、全部で52本の歯が生えます。但し、先天的に欠如している場合もあります。そうすると、実際は206+52で258あることになります。この歯を除いた206個の人骨のうち、手と足の部分だけで106個も骨があるように、ここだけで全体の半分以上の骨があります。そこで、私は、発掘の際に、手や足の骨をきれいに出すのではなく、ごっそり採った方が取りこぼしは少ないと助言しています。

    2. 人骨から得られる情報

       人骨からは性別・死亡年齢・顔立ち・身長・プロポーション・体格・生活痕・習慣的姿勢・病気・産児歴・摂取した食物・利き手・血液型・埋葬方法・人工変形風習・年代・集団等の情報を得ることができます。
       これらの中で人骨から得られる情報には、最も重要なものは、性別・死亡年齢・民族や集団(人種)があります。日本では、この民族や集団に代わって身長が重要視されています。
       昔は、よく「人種」という言葉を使っていましたが、最近人類学の方では人種という言葉は使わないようにしています。我々現代人は、学名をホモ・サピエンスといいますが、起源は約20万年前から15万年前に、アフリカで生まれたと考えられています。つまり、現代人の起源は、非常に新しいということになります。
       人類の歴史は約700万年から600万年くらいありますが、今地球上にいるすべての人たちのルーツは、約20万年前から15万年前にアフリカで生まれたことになります。恐らく、当時の人々の皮膚は、黒かったと思います。それから、移住していった場所の気候に合わせて皮膚の色が変わってきたと考えられます。イヌは、ダックスフンドとパピヨンを掛け合わせても子どもができ、かつ、その子どもの孫もできます。つまりこれは同じ種ということになります。イヌには、あんなに様々なタイプがいますが、一つの種です。

      ① 性別

      ・頭蓋骨

       頭蓋骨から性別推定する際に指標となるのは、額部分・眼の上の眉弓・乳様突起があります。男性の額は後ろに後退している状態ですが、女性では壁が立ったようになっています。また、眉弓は、男性では発達していて、女性はあまり発達していません。さらに、女性には前頭結節があります。側頭骨の乳様突起は、男性では非常に大きく、女性では小さいという違いがあります。

      ・寛骨

       寛骨は、最も良く、性別推定ができる部位です。これは、女性では子どもを産みやすいように、男性とは形が異なるからです。大坐骨切痕は、女性では90度くらいになっていて鈍角ですが、男性は角度が小さく鋭角になっています。また、上から見ると、男性の方は、仙骨が真ん中に飛び出ていてとても子どもが出ていけない。女性の方は大きく開いています。前から見ると、恥骨下角が、女性では角度が鈍角ですが、男性は角度が小さく鋭角になっています。また、耳状面前溝は、これがあると女性で、かつ子どもを産んだことがあるというものです。

      ② 死亡年齢

       死亡年齢は、成長期であれば、歯の萌出状態や骨の癒合の度合いでかなり正確に推定することが可能です。ただ、成人になると、なかなか推定することが難しくなります。そこで、頭蓋縫合の癒合の度合いや歯の咬耗度で推定します。

      ・歯

       子供の場合は、歯で死亡年齢が簡単にわかります。歯の乳歯や永久歯の歯冠や歯根の状態で、死亡年齢を推定できるわけです。乳歯も永久歯も、まず、エナメル質でできている歯冠ができ、そして、歯根ができてきます。
       例えば、大臼歯ですが、第一大臼歯は約六歳・第二大臼歯は約12歳・第三大臼歯(親不知)は約18歳以上で萌出します。子供の時には、上顎骨や下顎骨の骨の中に、乳歯と永久歯が多く入っていることがわかります。これは、X線(レントゲン)を撮影して、確認することが出来ます。その後、老人になって、歯がすべて抜けると、上顎と下顎の歯槽骨が萎縮して無歯顎になります。

      ・四肢骨

       四肢骨は、子供の頃は、骨端部が癒合していない状態ですが、成人になると癒合して一つの骨になります。この骨端部が癒合する年齢が調べられていて、そこから死亡年齢を推定することができます。この骨端部が癒合する年齢は、女性の方が男性よりも早いという傾向があります。骨端部が癒合すると、もう、身長は伸びません。

      ③ 身長

       身長は、上腕骨・大腿骨・脛骨等の四肢骨の最大長と身長との相関関係から、式が出されており、それにあてはめて推定します。ただ、破損していない四肢骨が必要なため、発掘されたものからは推定できない場合が多々あります。

      ④ 集団

      ・世界の集団

       集団の推定は、欧米において、アジア系・ヨーロッパ系・アフリカ系と、大きく三つの集団に分けて行われます。
       集団推定の指標となる部分は、顔面部分です。アジア系では顔面部は扁平な状態で、短頭です。短頭とは頭を上から見た形が丸いものを指します。これに反して、前後に長い形を長頭と言います。アジア系は寒冷気候に適応しているためで、寒いところでは頭の形を丸くし顔面部を扁平にすることで凍傷にかかりにくくしています。一方、アフリカ系は熱帯気候に適応しています。長頭で顔面部は凹凸があります。特に口の部分が出っ張っている突顎です。また、アフリカ系の人々は、手足が長く、胴も長い。アジア系とアフリカ系とでは、同じ体重であっても、アフリカ系の人の方がアジア系の人よりも体表面積が約1.7倍ぐらい広くなっています。アジア系の人は寒い気候で熱が奪われにくくしており、アフリカ系の人は暖かい気候で熱が奪われやすいようにしている。
       ヨーロッパ系の人は、アフリカ系の人ほどは突顎ではないのですが、顔面部は凹凸があります。また、鼻が高いのが特徴的です。

      ・日本人の集団

       日本には、約12000年前から2000年前という長い期間、元々いた縄文時代人と約2000年前に稲作農耕と共に渡来してきた弥生時代人がいます。
       縄文人の特徴として、髪の毛が癖毛・二重瞼・大きい耳たぶ・大きい鼻・厚い唇・濃いヒゲが挙げられます。これらは熱帯適応を示していると言えるでしょう。顔面部は凹凸があります。また、上顔高(顔の高さが)が低いという特徴もありますが、これは私の経験からサングラスや眼鏡をかけた時に、眉毛がサングラスや眼鏡に隠れる人は縄文系です。一方、サングラスや眼鏡をかけた時に眉毛が上にぽつんと出ている人は弥生系という傾向にあるようです。
       弥生人の特徴として、髪の毛が直毛・一重瞼・小さい耳たぶ・長い鼻・薄い唇・薄いヒゲが挙げられます。これらは、寒冷適応を示していると言えるでしょう。顔面部は、凹凸がなく扁平です。
       少し複雑なのは、同じ弥生時代でも、在来系(縄文系)の形質を持つ人々と渡来系(弥生系)の形質を持つ人々が混在していることです。
       古墳時代になると、ミックスしたような顔になります。これは当時の支配層の人々のことで、古墳時代の庶民の形質は骨の保存状態が悪いために良くわかっていません。庶民は、古墳ではなく、土坑墓に埋葬されたために人骨の保存状態が良くないと考えられています。
       中世(鎌倉時代・室町時代)になると、頭の形が前後に長い長頭が特徴になります。ただし、その理由は、まだ諸説あり解明されていません。
       アイヌの人々の頭蓋骨は縄文時代人骨に良く似ています。元東京大学の人類学者・故埴原和郎先生は、現代日本人には在来系と渡来系とがミックスしており、北海道のアイヌの人々と琉球列島の人々は在来系の要素を色濃く残しており、西日本では渡来系の要素が色濃く、東日本ではミックスだという二重構造説を提唱されています。但し、北海道のオホーツク文化の人々は複雑なのでここでは説明を省略します。
       ここでは、元順天堂大学の解剖学者・椿 宏治先生が出版された『日本人の顔』(平凡社新書)をご紹介します。北海道のアイヌの人々や東北の人々、には、二重瞼の人が多いのがわかります。ところが、近畿地方は、顔が面長で一重瞼の人が多いことがわかります。中国地方も顔が面長で一重瞼の人が多いようです。ところが、九州南部の鹿児島や琉球列島では、二重瞼の人々が多くなるのがおわかりになると思います。
      このように、日本国内にも在来系・渡来系・中間系と三タイプの人がいるため、骨から日本人であると断定するのは難しいということがおわかりかと思います。

  2. 発掘方法
    1. 発掘前

       発掘現場に行くと、人骨が出土した場合に、花・線香・御神酒等を供えている場合が多く見受けられますが、現代の科学分析を想定すると供えない方がいいでしょう。特に、ある特定の宗教の経文を供えるというのは止めた方が良いと思います。
       天草四郎で有名な島原の乱ですが、近年原城で発掘調査が行われており、人骨も多く発見されています。この人骨に、仏教で経文を供えることができるでしょうか。生前も死後も宗教は自由であるべきだと思います。私自身は人骨を発掘する際には心の中で無宗教でご冥福を祈るようにしています。

    2. 人骨

       人骨は乾燥させるとかなり強い強度を持ちます。ところが、土に埋もれている状態では水分を含んで非常に弱く、ぐずぐずしています。これをイメージするには、乾パンや食パンが乾燥した状態を思い浮かべると良いと思います。ところが、ミルクや水に浸すと柔らかくなります。この柔らかくなった状態が土に埋まっている人骨の状態だと思っていただけるとおわかりになると思います。

    3. 発掘方法

       人骨を発掘していき、ある程度出土した状態ではなるべく直射日光に当てないで日陰を作って乾燥させる方が良いでしょう。これは急激な温度差を与えない方がいいという理由からです。その後、最小限のクリーニングを行い写真撮影・実測(写真実測)を行います。ただし、過度のクリーニングを行うと人骨は破損しますので、専門家と相談しながら行うべきです。
       考古学の現場では木器(木でつくった道具)が良く出土しますが、その際は濡らした方がいいんです。ところが、すでにご説明したように、人骨は濡らすと破損しやすくなってしまいます。木は人骨と異なり、繊維があって非常に強いんですね。ところが、人骨には繊維がないので濡らさずに良く乾燥させて下さいとお願いしています。
       また、歯は上顎と下顎から抜ける場合が多いので注意が必要です。永久歯32本の中でも、切歯8本・犬歯4本・小臼歯8本の20本は歯根が通常1本しかないので、抜け落ちやすくなっています。大臼歯は歯根が2本から3本ありますので、顎の骨から抜け落ちにくくなっています。そこで頭蓋骨や下顎骨周辺の土は注意して、篩(ふるい)にかける必要があります。また、すでにご説明しましたように手足の骨は106個もありますので、一つ一つきれいに掘り出すよりは、まとめて取り上げた方が取り残しが少ないと思います。

    4. 撮影方法

       近年はデジタルカメラの時代になり、昔と比べるとずいぶん便利になりました。昔は、人類学では写真撮影・フィルムの現像・写真の焼き付け・X線の撮影・X線フィルムの現像・X線フィルムの焼き付けの技術を習得することが必須でした。
       出土人骨を撮影する際には、遺跡名・遺構名・人骨番号等の情報を入れた「看板」や北マークがついた状態と無い状態のものを撮影すると良いと思います。発掘調査はやり直しがきかないものですから、なるべく多く記録する必要があるでしょう。
       考古学では、「化粧」と呼びますが、写真撮影の前にスポンジに水を含ませて遺物をきれいにします。しかし、人骨にこれを過度に行うと人骨が破損しますので注意が必要です。良くあるのは、出土状況の写真で見る人骨は良い状態なのに取り上げられたものを見るとバラバラに破損している場合があります。これは化粧のしすぎによるものだと思われます。これでは本末転倒なので、化粧はほどほどにすべきです。

    5. 実測図

       実測図は、人骨が出土した状態を図面にとったものです。考古学では20分の1でとる場合が多いのですが、人骨の場合はできれば10分の1でとる方が良いと思います。

    6. 保存処理

       発掘現場では人骨の保存はよほどの場合以外行わない方が良いと思います。専門家に依頼しないと多くの場合は失敗します。現場で保存液をかけても人骨の中に浸透せず、人骨の表面に膜を作るだけで鑑定の際にその膜を除去するのが大変な作業になります。
       特に水性ボンドを水で溶いて塗布する人がいますが、これは食性分析や年代測定に影響を及ぼすので止めた方が良いでしょう。

    7. 取り上げ

       人骨の取り上げは、まず乾燥させることが重要です。その後取り上げた時には湿気を含んでいるので、ビニール袋よりは紙袋に入れる方が良いでしょう。但し、細かい人骨が多い場合にはタッパーやチャック付きビニール袋で取り上げても良いのですが、その際はフタをせずに乾燥させるようにする必要があります。
       湿気が多いとカビが生えます。このカビや長い間水に浸かっていると年代測定にも影響が出るそうです。また、綿にくるんだりする場合が良く見られますが、この綿も年代測定に影響が出ると言われています。さらに、アルミホイルで包む方法も欧米では年代測定に影響を与えるという研究結果が出されているので注意が必要です。
       ラベルは紙製のものだと湿気で腐食するので、紙製のものを使用する場合にはチャック付きビニール袋に入れる必要があります。また、マイラーという湿気で腐食しないものをラベルに使う方法もあります。

  3. 戸山人骨

     戸山人骨は、1989年7月22日に発見されました。鑑定は当時札幌学院大学の佐倉朔先生がなさいました。私は数日間佐倉先生の助手をつとめました。鑑定書では62体分に相当しますけれども100体以上に上ります。通常の発掘調査でこのように大量のばらばらな骨が出ることはまずありません。
     それに似たような状態というのはまれにありますが、それは古墳時代の横穴式石室です。ここからは結構ばらばらな人骨が多数出土する事がありますが、100体も出土することはまずありません。このような場合には最少個体数という考え方をしますが、古墳時代人骨の場合には、残存状態の良い側頭骨が出土する場合が多く、この数から最小個体数を推定します。例えば、右側頭骨が13点、左側頭骨が10点出土した場合には、最少個体数は13体となります。この、13点と10点を足して23体ということはしません。もちろん13体よりも多いかも知れませんが。左右そろった状態で10対出土すれば、個体数は10体とわかります。私どもが発掘していて、縄文時代の頭の骨が全部溶けて耳飾りが耳の位置にだけ1対出土する場合が時々あります。その場合は、ほぼ確実に一体だとわかります。
     また、人骨の多くがモンゴロイドの特徴を備えていると報告されています。モンゴロイドとは、アジア系人とも言いかえられますが、人類学的には古モンゴロイドと新モンゴロイドがあります。新モンゴロイドは別名渡来系・北方系・弥生系、古モンゴロイドは別名在来系・南方系・縄文系と呼ばれます。この新モンゴロイドと古モンゴロイドの比率は、7対3とも6対4とも言われています。つまり、渡来系の人の方が多いと考えられているわけです。

  4. 発掘調査に期待できること

     発掘調査に期待できることは、非常に多いと思います。きちんと記録を取りながら発掘調査を行えば、実際には人骨の接合も出来るかもしれません。人類学の立場からは、「あらゆる可能性も考慮しつつ、先入観を排し、出来る限り中立の立場で、科学的冷静さを保ちながら臨むことが重要ではないか」と思います。

  • 配布資料
  • 資料2:図5.頭蓋骨の集団差
  • 資料3:図7.四肢骨の成長過程/図8.寛骨の性差
  • 資料4:図9.永久歯/図10.乳歯/図11.永久歯/図12.乳歯と永久歯の萌出過程
  • 参考文献

2010.7.18

会報定期購読者募集のご案内

年間4~6回発行している『究明する会ニュース』では、当会主催の講演会やフィールドワークのご案内をお届けしています。お申し込み詳細は【定期購読者募集】のページをご覧ください。
inserted by FC2 system