軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会

The association demanding investigationon human bones discovered from the site of the Army Medical College

『「戸山人骨」鑑定の頃』佐倉 朔(元札幌学院大学教授)

佐倉 朔(元札幌学院大学教授)講演録

佐倉 朔 教授

 佐倉と申します。人骨発見13周年ということですが、鑑定をして11年、鑑定書が出たのは10年前、その鑑定人であります。細かい学問上のことは、あとから質問があればお答えすることに致しまして、鑑定前後のいきさつ、その後のいきさつなどについて、思い出話としてお話しようと思います。

 私は、国立科学博物館分館(新宿区百人町)の人類研究部におりました。専門は人類学です。人類学の対象は、体の形態、古代人なら骨、歯、さらに生きている人間の顔かたち、それから生理学・生化学に関係したようなもの、近頃特に発展しております遺伝的なDNAなどの問題、いろいろな化学成分の問題、こういうものが対象としてあるわけです。私の専門は形態ですが、形を理解するためには人の生活全般、すなわち生理学、生化学、遺伝学、いろいろなことが全部関係しています。

 もともと法医学の研究室にいたことがあるので、裁判所、弁護士、行政などから鑑定の依頼は多くあります。一番多いのは親子鑑定。弁護士や裁判所から鑑定依頼或いは鑑定命令を受けて、子どもの父親は誰だという鑑定を引き受けたことがあります。後は形態に関係したものとして、身元不明死体の鑑定も結構あります。

 新宿の戸山人骨が出たとき、鑑定ができるのかできないのか、やった場合に何がわかるのか、そういうことを新宿区は予め考えていたと思います。究明する会が初めから言っていたことは、戦争犯罪、特に731部隊と関係があるのではないかということで、こういうものにある程度答えられるような鑑定でないとやっても意味がない、新宿区はそれができる人はいるのかいないのか、鑑定をやった場合どこまで分かりそうなのか、予め見当をつけて鑑定を頼んだと思います。人骨が発見されて間もない頃、すでに新宿区から相談がありました。もし鑑定した場合に、できる人はいるか、何がどこまでわかりそうか。

 その後、実際に鑑定することがきまり、鑑定を引き受ける人を探したが見当たらなかったわけですね。それで二年経ち、私は国立科学博物館の研究官―これは国家公務員―を定年前に辞め、札幌学院大学に赴任したわけですが、その時、新宿区から鑑定依頼がありました。私は、個人では引き受けてもよいと思いました。私がやればある程度のことはできるという自信みたいなものもありました。しかしながら私も大学に勤めているわけです。鑑定は個人の資格でやるわけですけれども、組織のことを考え、大学にお伺いをたてる。ところが、学長と私の属している人文学部の学部長、二人ともどうぞどうぞというわけで、新宿区に返事をして、それから正式な依頼という事になった。

 それで、新宿区から骨を見せるからと言われ、見に行きました。予め下見をしてだいたいどんなものか、こういう材料だったら、私の能力を使えばこれくらいのことはできるかも知れないという見当をつけて、それから正式に鑑定となる。見当がつかないと鑑定もやみくもには出来ない。その上で正式な依頼があるということになります。しかし札幌学院大学は札幌の近くの江別市にあり、骨は新宿区百人町の地下室に保管してあるわけでして、おいそれと見に行くことはできません。

 それで、骨を見に行きました。地下室でちゃんとした部屋じゃないんです。ただちょっと空間があるというだけで、床も張ってなくて泥がでて、電気はコードを引っ張ってありまして一応つくんですけれども完全じゃないんです。それから骨を調べるとなったら。ついている泥をきれいに洗ってから始めるのですが、そのための流しの設備もないんです。湿っぽくて暗くて大変な部屋です。そこにダンボールに骨のかけらが詰めて積んである。そういう状況です。

 鑑定をやるには研究室みたいな設備が必要で、新宿区もいろいろ考え、廃校になった小学校が使えるかもしれないということで当たってくれましたが、使えなかった。学校を管理しているところと鑑定を依頼している福祉課と違う、お役所仕事で縦割りの関係があると私は想像しています。いずれにしろ葬儀屋の地下室でやることになり、これは困ったことになったと思ったんですけれども、しょうがないから、この部屋に流しをつけて、電気も証明だけではなく、例えば骨を切りとるドリルにも使う、そういう設備をさせた。

 そのお金はみんな鑑定費用につけてきた。やはり区としては、建物の設備、施設などにお金を使うというのは手続きが大変なんです。まして民間の葬儀屋の地下に新宿区の費用で設備をつくるなんて出来ないですね。それで面倒くさいから鑑定費用にぶち込んできた。鑑定費用が高くなっているのは大部分設備費です。

 それから一番大変なのは、札幌に住んで授業もやっていて、骨を札幌に持っていけば簡単なんですが、東京から持ち出したちゃいかんというのですから、週末の三日間くらい、毎週毎週根詰めてやりました。そうとう往復費用がかさみまして、札幌―東京の往復は当時飛行機代が一回で4万円、通算で25回くらいなので、旅費だけで100万円くらいかかりました。

公営舎の地下室に並ぶ人骨

 鑑定資料はずっと大事にとってあります。札幌から東京に移転するのに、家の中に荷物をおくところがないものですから、ちょっと遠くに置いてありまして、先週その一部を調べ、アルバム一冊だけもってきました。人骨の写真もあります。これが地下室で、テーブルの上に骨が並べてあります。このような状況の部屋で鑑定作業を行った。それで夏から秋頃まで、実際の仕事をやりました。鑑定の内容については、今日の資料に全文あるので見てください。現場では骨の形状を調べて、記載して、計測する、そういうことはできるわけです。そのときのノートもあります。測定する項目をぎっしり並べたこういう紙に書いていく。実際にデータを書き込んだものがありますから、興味のある方は後でお読みいただきたい。写真も随分とりました。

 こういう現場でできることだけではなく、例えば血液型は私自身でできないので専門家に頼む、そのために随分骨を切り取っています。そういう必要な資料をある程度持ち出して、それぞれの専門家に依頼したり、意見を聞いたりしました。こういう検査をやる価値があるのかということも含めて。もう一つは人骨に付着していた現場の土の調査。発掘には立ち会っていないので、土の資料は骨にくっついていたものしかない。この土を集めて、これも専門家に検査依頼しています。できることは、骨の形状に限らず、万事可能な限りやりました。

 その結果こういう鑑定書が出来ました。鑑定書のコピーがあります。これが本文で、これは別冊、別冊は主に写真です。

 それで、翌年の3月31日、年度末に鑑定書を出したんですが、これはいろいろ社会的な問題があるので記者会見をやってくれと。ものすごい数の報道関係者が集まりまして、常石先生もおられましたね。日本の新聞社、テレビ局が50社くらいあった。外国のものもあった。一番大勢来ていたのはNHKで6人くらい。しかし、この問題に一番関係が深いと思われる中国系、韓国系が、どういうわけか一社もなかった。

 鑑定書を出す前から、実はいろいろマスコミから取材されましたが、その時に、新宿区は私が鑑定人であることは伏せておきたいということだったので、私が鑑定人ですよと言えない。誰が鑑定人かはわからないけれども、一般的な学問的な話ならできますよということで取材を受けた。

 その後、鑑定の記者会見がありました。それから2~3年経って、やっと韓国のソウルテレビが札幌まで取材にきた。外国の取材はそれだけです。その後もちょいちょい他から問合せがあります。最近、東京のあるマスコミから電話がかかってきて、人骨焼却差し止め訴訟の最高裁の判決が出そうだから話が聴きたいと。いいよといっておいたのですが、しばらくしてまた電話がかかってきて、実は判決が遅れるので取材も延期するということで、実際に判決が出たときは取材はありませんでした。

 判決は出ましたが、一方において厚生労働省の方が態度を変え、陰ながら喜んでいるわけです。

 雑駁な話ですが、そういういきさつです。

対談:佐倉 朔 × 常石 敬一(軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会・代表)

  • 常石――
  •  僕たち軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会にとっては、佐倉先生の鑑定という事実があって、それに基いて運動をしてきたのが、今日の状況につながったと思います。
     正確に言うと、一体だけどう考えてもモンゴロイドではないだろう、それ以外はモンゴロイドで、しかも人種的には単一ではないというところが非常に重要なスタートになった。そのことがやはり骨となって出てきた人たちの身元を、せめて人種であるとかそんなことを明らかにすることができないか、今の科学技術の水準では出来ないかも知れないけれども、石の中に燃やされない状況で、今、入っています。ということはいずれか学区技術の進歩によって、人種的なことも分かるようになるかも知れない。少なくともそこまではやっとたどり着けたなあと。
     それにつけても出発点できちんとした事実に基いていたことが、僕たちがここまでやって来られた大きな理由であろうと考えています。事実に対する裏づけ、確信をもってこれまでやってこられたし、それは社会に訴える力にもなってきたのだろうと思っています。
     先ほど佐倉先生のお話を聞いて、いくつか質問したいことがあります。
     一つは、骨が出た同じ年くらいに新宿区からアプローチを受けたとおっしゃったけど、その時に新宿区は、骨についてどの程度の知識があったのでしょうか。もしかすると警視庁の発表以上の情報は、新宿区は何も持っていなかったのか。それとももう少し詳しい情報を持っていたのか。
  • 佐倉――
  •  はっきりしたことは何とも言えないです。単に警視庁から、身元不明の骨だから新宿区で処理しろと言われて引き取ったわけですよね。だけども、私の勘ではもう少し知っていた。文化財係の人は骨を見ているんですよ。その時に骨の状態は、ある程度見て分かりますから。私はそう見ている。
  • 常石――
  •  例えば、一番衝撃的なのは(頭骨の)四分の一切られているとか、銃剣の跡があるとか、ピストルの弾に射抜かれたり、そういうことは僕たちは佐倉先生の鑑定で初めて分かったわけですけれども、そのどれかひとつくらいはもう新宿区は知っていたというようなことでしょうか。
  • 佐倉――
  •  そうです。
  • 常石――
  •  ということは、当然厚生省も知っていたと考えるわけですが、そこはどうですか。
  • 佐倉――
  •  ある程度分からなければいけないのは警察です。厚生省はどうか…
  • 常石――
  •  僕たちにとっては衝撃的な骨についての細工が新宿区が発掘当時どれくらい知っていたのかというのが割と気になっていて、というのは佐倉先生の鑑定読むと、きちんとした頭骨と言うのは10体も20体もない。それで警視庁の発表は、任意に4、5体選んだら犯罪の形跡はないと書いてある。そんなにいっぱいないのに、任意に選んで全部切られた跡もないし穴もないというのは随分不思議な話だけれども、そこは疑問に思う必要があるわけですね。
  • 佐倉――
  •  そうです。そう思った人も現にいたに違いないと私は思います。
  • 常石――
  •  次に、2~3年前から古代遺跡を偽造するというのがあって、先生の後任の馬場先生もあちこちでいろんなことをお話になっていますけれども、出土してきた泥もきちんと分析しないといけないんだということを最近しらされたんですが、先生も分析された、出土してきた泥から何か出てこなかったんですか。
  • 佐倉――
  •  これについては、pHは調べました。ただ、土の形状そのものはああいう建設中の周りの土で、自然の土と違いますから調べていません。
     pHによって保存状態が変わります。酸性度が強いと骨は速やかに脆くなって喪失する。アルカリ度が強いと長年持つということがあります。あの骨が土中に埋没してから何年くらい経過しているかというのは鑑定項目の一つで、大雑把にしか分からないんですけれども、土のpHは鑑定にありますから最小限調べなければならない。それで調べた。洗う前に土を集めておき、骨にくっついたわずかな土は洗い流しました。
  • 常石――
  •  その時に、警察が鑑定した頭骨はこれだと言うことはわかりましたか、例えば土がついていなかったとか。
  • 佐倉――
  •  これは実は分からない。だけども一個くらいはああこれ確かに調べたなというのは分かりました。何故かというと警察も鑑識にまわして、誰かに調べさせているようでした。(その情報は全然こっちには伝わってこない)しかし、人類学者じゃなく、法医学者か何かでしょう。少しは分かる人が調べている。何故かというと、頭の上に鉛筆でマークがついている。これ、今初めて言いました。ああいうのは、何か測るために目印につけたものです。その骨はあらかた泥も落ちていました。
  • 常石――
  •  鉛筆で印があった骨というのは人為的な加工の跡はなかったですか。
  • 佐倉――
  •  それは多分なかったと思う、そんな正確に記憶していませんけれども。
  • 常石――
  •  実は公式に4月に新宿区が行った記者会見の前辺りから、複数の新聞社から、弾で撃った跡があるとか刀で切られた跡があるという話を聞いていたんですが、先生から漏れていったのか、もう一つ考えたのはむしろ警察辺りから漏れたということがあるのかなと。
  • 佐倉――
  •  私から漏れることは絶対にない。私もどこから漏れたのか不思議に思います。だいたい新聞社が言いに来るわけです。まず朝日新聞がそうでしょ。マスコミは取材源をいわない。でも結構調べている。
  • 常石――
  •  ちょっと話を戻して、先生が博物館におられた頃に鑑定が実現しなかったのですが、新宿区は正式に依頼をしたのでしょうか。
  • 佐倉――
  •  したですね。
  • 常石――
  •  したけど館のほうで断ってしまった。その理由というのは?
  • 佐倉――
  •  本当の理由というのは想像するだけです。公式には、博物館の研究者がこういう鑑定をするのは業務にそぐわないと。
  • 常石――
  •  それは実際には、これまでの佐倉先生の研究の一部じゃないかと思うんですけどね。
  • 佐倉――
  •  そりゃそうですよ。そんなこといったら博物館行ってからもそうだし行く前でもそうですけれども、鑑定はいくらでもやってますから、いちいちお伺い立てていません。何故かというと必要ないから。今回は新宿区がお伺いを立ててきたんですから話が違う。
  • 常石――
  •  想像される本当の断った理由というのは?
  • 佐倉――
  •  それはやはり、戦争中の軍隊が関係していたようなことは社会的に難しい問題である。省が違うけれども役人どうしだから、厚生省の立場がまずくなるようなことを文部省が引き受けない方が良いのではないか、そういうことはあったんじゃないですかね。
  • 常石――
  •  これも先生が実際に経験されたことではないですが、その後、聖マリアンナ大学とか慈恵医大の先生に新宿区がアプローチしているんですが、それもだめになったと聞いている。何かご存じですか。
  • 佐倉――
  •  かなり知っています。(依頼された)本人にも(聞いています)。人類学の仲間ですから、大体事情はわかっています。
  • 常石――
  •  すると複数の研究者に新宿区がアプローチしたけれども断られたというのは事実と考えてよろしいですか。
  • 佐倉――
  •  私が国立科学博物館にいたときに依頼があって、博物館として断ったというのは事実です。他はよそのことですから、はっきりとはお答えできませんが、大体事情は知っています。理由は主に二つあります。一つはやはり機関として引き受けない方が良いと言う判断があった、もう一つは引き受けるべき研究者自身が、自信がないということがあります。
  • 常石――
  •  僕が伺いたいと思ったのはこのくらいですが、先生に伺いたいと思われる方は直接ご質問いただけたらと思います。

質疑:佐倉 朔 × 川村 一之(元新宿区議)

  • 川村――
  •  鑑定で数人の補助者の助力を得たということですが。
  • 佐倉――
  •  私が学問を指導していた若い方です。
  • 川村――
  •  各分野の専門研究者の意見を参考にしたということですが、例えば脳外科手術に関して、その関係者とか、軍医学校関係者の方とか接触されたのでしょうか。
  • 佐倉――
  •  脳外科手術の跡については自分で判断できますので、専門家の意見を聞いていません。意見を聞いたのは、頭に開けられた穴や傷について、それが出来た理由、その他、今の段階では成果がないというのでやらなかったんですけれど、DNA、骨中のコラーゲンとタンパク質の中に含まれる炭素や窒素の同位体について。
     同じ炭素であっても原子量が違う炭素があり、それが食べ物に関係している。植物にはC3植物、C4植物という区別がありまして、例えばイネとトウモロコシでは違う。それは食べた動物の体中のコラーゲンに蓄積される。それを調べますと生前にどんなものを食べたか見当がつく場合がある。
     それから窒素の同位体。草食動物な植物ばかり食べています。それをさらに肉食動物が食べる、段々段階が進みますと窒素の同位体が変わっていくんですね。最高位にいるのが魚ではマグロ。陸上ではいろいろあり、人間は一番高い。炭素と窒素の同位体をもし骨のコラーゲンから分析できたとすると、生前にどういうものを食べたか、もし日本人と中国北部なり何なりではっきり差がでれば、死体は日本人ではなくあっちの人間らしいとかね。だけども、今はやっても意味がないということで止めたんです。
     DNAもそうです。骨に残っているのはだいたいミトコンドリアDNA。これは細胞核にある本物の遺伝子よりもずっと単純でわかりやすい。この変異もやっとかなり調べられてきた。それを専門家に相談した。現在では調べてもあまり意味がないと聞きました。
  • 川村――
  •  軟部が残存している頭骨は標本の可能性が大きい訳ですよね。ドリルで穴を開けたとか、そういう標本というのは何のために必要だったのか。
  • 佐倉――
  •  例えば、ドリルでの頭の側頭骨の辺に穴を開けるというのは、中耳炎の根治手術の時に使う手法だと思います。骨をうまく削るということは手技としてかなり訓練を要する。そのためにはこういう風に削るという見本を見せてやる必要があったんじゃないですか、外科医の卵に。
  • 川村――
  •  それから、四肢骨の鋸断がありますけれども、これは標本ですか。
  • 佐倉――
  •  わかりませんが、標本だと思います。軟部がないから外側がどうなっているのか分からないが、想像するといろいろな可能性が考えられます。例えば寒いところで凍傷実験をやるとか。単なる想像ですから主張しません。実際分からないんですから、いい加減なこといわないほうがいい。だけどいろいろ想像はしております。
  • 川村――
  •  それから、「モンゴロイド?」と書かれているB7(の写真)なんですけれども、これは人種の特定はできるのでしょうか。
  • 佐倉――
  •  細かい特定はできません。モンゴロイドという大人種であるかどうか疑問が大きいということは、これはコーカソイドじゃないかと思います。
  • 川村――
  •  よくわかりました。それで、この標本類というのは、軍医学校の軍陣外科教室の標本ではないでしょうか。
  • 佐倉――
  •  いろいろ仮定があるからそこまで現在はっきりとはいえないが、想像するとそれらしいという考えも成り立つ。
     例えばさっきの膝の下で鋸引きした足先の標本が、何らかの外科的病変の標本だとすると、それはまさに軍陣外科教室のものですよね。それから頭の手術と同じ削り方をしているのも外科ですよ。そういう骨にまである程度残っているものは、一番関係が深いのは外科です。
     一方、内科の標本もあったかもしれない。内科の標本というのは骨にまで残らない。内臓にくっついていたものがあるかも知れない。だから全体としてこうだと断定はできないが、少なくとも外科に関係していたものがかなりあるとはいえます。

質疑応答

  • 増田――
  •  先生、さっき最初に警察が手を引いたというのは、警察もやばいということで印をつけて手を引いたと解釈していいんですよね。
  • 佐倉――
  •  やばいというのはどういう意味だかわかりませんが、ただ警察としては手続きとして面倒だから、そこから逃れたいということはあると思う。事件に関係していなければ自分とは関係ない。警察だって役所だ、役人というのは必ずそう考えますよ。自分の管轄と関係ないことはほかに持っていきますよ。
  • 渡辺――
  •  先ほど休憩時間にそこに集まって衝撃的なお話を聞いたんですが、専門家は、骨を見ただけで一目で日本人だと分かるというお話だったですね。
  • 佐倉――
  •  そういう印象を持つといったんです。
  • 渡辺――
  •  そこで、そういうものをもっと多くの人々が理解できるような、あるいは客観性をもって示すような方法は何かないかと思いました。それから、顔の復元はできるというお話でした。復元をして誰が見ても人種の区別がわかるような、そういうことはできないかと思ったのですが、いかがでしょうか。
  • 佐倉――
  •  それは出来るかも知れません。よく白骨死体で、一般に広く知らせて情報を求めることがある。そういうときに復顔をつくって写真にして配ると、ものすごく一般から申し出がある。つまり復顔するとわかるんです。それと同じように復顔した場合にこの人は日本人らしいか、ちょっと日本人と違うんじゃないか、これは必ずあると思います。だから、役に立つ場合もあるでしょう。ただ分からない場合もあるでしょう。復顔と言うのはただの印象です。鑑定書で要求されるのは、科学的に証明に近いものでなくてはだめ。
  • 宮沢――
  •  (731部隊の)遺族の方で自分の家族の骨があるかも知れないとおっしゃっている方もいるわけですけれども、そういう方とこの骨をつなぐような、実際に復元するのは大変としても、あまり費用もかからない、絵とか何かそういう可能性はあるんですか。
  • 佐倉――
  •  あると思います。遺族と顔の特徴が合っているかどうかを判断してもらう、そういうことは大いに役立つ。
     それはDNAも同じです。さっき私がやらなかったといったのは、集団として、日本人なのか違うのか、これにはDNAは役立たないというのでやらなかった。個人的には役立ちますよ。母系が同じならミトコンドリアDNAは一致するんですから。だけど、その遺族が実際死んだ人の骨の中から選び出してなんていうことになると確率的には非常に小さい。
  • 宮沢――
  •  先ほど炭素と窒素の同位体はだめだというのはどうしてでしょうか。
  • 佐倉――
  •  それは調査が進んでいない。実際にやるためには、ある地域の集団の、同位体の頻度を調べて基本的なデータを蓄積していかないと役に立たない。やっと日本とかアメリカでやりだしている状況で、アジアなど全体でやっていない。
  • 河野――
  •  骨を焼却しないで保存した意義について。将来的にもっと先生たちの学問が進んでいけば、かなりのところまで特定できるという見通しは出てくるんでしょうか。
  • 佐倉――
  •  将来の可能性を考えると、残しておくことに意味がある。ただ、実際役に立つように物事が進むかというと、私は全然そう考えません。まったく役に立たないで終わるかも知れません。それはわからない。もちろん役に立つことを望みますけどね。
  • 奈須――
  •  当時の外地から、人類学も含めて標本が内地に送られてきたというような、根拠のあるような知識を先生はお持ちでしょうか。
  • 佐倉――
  •  持っていません。想像しているだけです。テレビの報道で外地から人体標本が送られたと証言しているような人がいますよね。私は全然知識がなかったが、当然それはあったと思っていました。
     日本のような国で、例えば外科手術の実験をやろうとした時に、国内で死体の標本を手に入れるのは大変難しい。ところが、戦前の満州等でなら死体はいくらでもごろごろしている。遺体を盗み出したって誰も文句を言わない、大体知っている人もいない。日本と違うんですから。だから、医学の実験用遺体がほしいとなったら、そういうところから手に入れるのは当たり前というのはいいということではないですよ。あって当然だったということです。
  • 志村――
  •  今後発掘されるだろう遺骨が想定されるわけですが、どのような状態で廃棄されていたかという現場状況を確実に把握することは大事な用件ではないか。
     今回鑑定されたものについては、ダンボール箱に寄せ集められてあったわけですから、現場の状況はしらされてないわけですよね。今後の問題について、現場の状況は大事なのか、そこから決め手になるような情報がつかめるのか、教えていただきたい。
  • 佐倉――
  •  現場の状況を把握して、そういう情報はたくさん集めなければいけない。
     ただ骨だけあって鑑定しろというよりは、どういう状況で掘られたか、例えば、地面の下の何センチからどの骨が出てきたか、埋め立ての状態を復元するのに非常に役立つ。そうすると全然分かっていない事情が浮かび上がってくるかもしれない。或いは一緒に骨以外のものも入っている。これも同時にそこに埋まったのかもしれない。そうするとまたそれが大きな情報になりまして、誰がどこでどういう目的で埋めたのか、こういう全体像を明らかにするのに絶対役に立つ。
     だから、今後他のところで骨が出る場合に、はじめからちゃんと調べなければならない。
  • 越田――
  •  先生が国立科学博物館にいたころ、新宿区の厚生課に何人かで陳情に行ったものです。佐倉先生が鑑定をするということが分かった時に、絶対すべてを明らかにしてほしい、何も隠さずに公表してほしいと願い、1992年の4月の記者会見にも参加しました。いろいろと写真等々見せてもらったんですけれども、一切隠されていることもなく発表されたんでしょうか。
  • 佐倉――
  •  隠すというようなことはありませんでした。そんなことやるのは鑑定人の資格ないです。
  • 杉山――
  •  いろいろな加工された骨が出ているわけですけれども、それは標本にするために遺体が加工されたのか、生前の手術であったのか、そういうことはいかがでしょうか。
  • 佐倉――
  •  たぶん死後加工されたものだと思っています。明確な証拠はないのですが、切り口の状況が生きている人にやるのとちょっと違う、また、何故ああいうものがあるのかと考えてみますと、手術の練習台、実験台という意味合いが大きかったと思います。それなら何も生きている人をやる必要はない。これは絶対そうだと断言するつもりはないですが、私はそう思っています。
  • 常石――
  •  前に先生が記者会見でおっしゃられたのは、例えば頭骨の手術跡を見て、これは死体になってからされたのか、それとも前なのかはっきり分からないと、そういう言い方でおっしゃっていましたよね。
  • 佐倉――
  •  そうなんです。わからないんです。科学的証拠を集め、明確に言うことは私にはできないです。
  • 常石――
  •  で、今のはもう少し踏み込んで感想としては、ということですね。
  • 佐倉――
  •  そうです。
  • 佐久間――
  •  遺骨に手を加えた人の情報は得られないのですか。
  • 佐倉――
  •  それはちょっと無理ですね。やった人のDNAなんて残らないですから。また、当時現場見てて覚えている人がいれば聞いてわかるかも知れないんですけど、まずいないでしょうね。いてもしゃべらないでしょうね。
  • 常石――
  •  誰がと言うのはとても大切なんですけろ、場所が場所ですから、旧日本陸軍の軍医の誰かがやったというところまでは想像はつくわけですけどね。
  • 佐倉――
  •  それも本当に軍医だけなのか疑問を持っています。軍医じゃないけども医学関係者を一時的に誰か連れてきたということもあるんじゃないかと。
     これも単なる私の想像ですよ。証拠はないですよ。
  • 長谷川――
  •  先ほど写真を見せていただいたんですが、新宿区が公表した、あるいは議会人に見せてくれた写真以外にも先生はたくさん持っていらっしゃるようなんですね。できれば先生のお持ちになっている写真を私たちの会の方に提供していただくことはできないでしょうか。
  • 佐倉――
  •  この鑑定書別冊に張り付けた写真、これはご存じだと思う。それ以外に現場でたくさん撮っている。そのうち必要なものは全部鑑定書に貼ってあります。

2002.7.21

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